教育

「源氏物語」「狭衣日記」高校教材 国語J教材を《解法してみた》

教育
スポンサーリンク

「歌ってみた」「踊ってみた」ならぬ《教材解法してみた》

私は10年ぶりくらい(笑)に
国語J教材(平安初期古典とその現代評論)を解法しました。

その当時プリント解いた時には

ひるね
ひるね

答え書きゃいいんでしょ?

この程度ならできるっしょ!

という 
不遜な態度(教材をなめ切った態度)でやっていたので
古典の現代評論部分をまったく味わえず

問題の意図なども知ろうともせず
だだやっていたと思います。

そのせいか
J教材はなんとか解けたけど

その次のステップのK教材
まったく解けなくなってしまったのです。

わたし、国語とか古典、子どものころわりと得意だったんだけどなあ・・・??
というか、マンガが好きで(↓以下はほんの一部)

古典の背景やマメ知識も
こういうコミックで分かった気になっていたところもあります。

しかし、今回
やり直しのJ教材を解法して

批評文のすばらしさに目覚めました。

この古典作品って、こんな読み方があったのか!」と

一流の読み手(批評文書いた人)は、そんなふうにこの作品をよんだのか!

そんな視点があったのか!」と

目からうろこで
それぞれの批評にのめり込みました。

源氏物語 

例えば有名な「源氏物語」は
J71「資料と評論」で出てきます。


身分の低めの桐壺ちゃん(光源氏の生母)
幼い光の君を残して死んでいくシーン。

この評論(「源氏物語を母と子から読み解く」 鈴木裕子著)を読むまでは

ひるね
ひるね

あ~、桐壷って性格やさしいし闘争に向いてないから、あんだけイジメられたら、そりゃ弱るよね。帝は桐壺がすごい好きだから凹むよね

・・・・くらいの感覚でした。

しかし、あの二人の間にあったものは違った。

死を覚悟した時の
あの桐壺っぽくない「生に執着する不穏な歌」は

取り乱す年上の帝に対する
捨て身の深い慈愛だった‼ 

私はプリント(鈴木裕子の評論文)を読みながら泣きそうになりました。

狭衣さごろも物語

まるで現代の恋愛コミックを読んでいるような感覚です(笑)

J141「狭衣物語」

主人公は貴公子の「狭衣くん(18)」
上流階級で皆のあこがれの美男子 

狭衣さごろもくんの母親が家に引き取り、ともに育った
「源氏の宮ちゃん」に

いつしか恋焦がれるようになり
彼は深刻に悩みまくるのです。

彼女が山吹の花を手に取る
そのこの上なく美しい手をチラッと見る。 
彼女の眼つき、愛らしい顔をチラッと見る。

くうう・・

「人目も知らず、我が身に引き添へまほしく思さるるさまぞ、いみじきや」

さあ、どうする狭衣さごろも

母屋の柱に寄りかかり
苦しさにため息をつく狭衣

その悩む姿も「この世ならぬほど」美しい男だと
お付きの女房(メイド)たちも若様を見ている。

でも狭衣は、源氏の宮ちゃんへ(こく)れません。


せっかくこれまで親しく(兄妹のように)やって来たのに
今さらこんな思いを打ち明けたら

彼女に引かれてしまって関係が崩れてしまうかもしれないからです。

いやーこれは苦しい。

この後半では
狭衣は帝の前で笛を演奏するのですが
(なんでもできるスーパー美男)

恋の悩みのためボロボロな彼は
「もう空へ昇ってしまいたい(泣)」
と願うほどです。

こんな古典にワクワクしながらプリントをやったのですが
肝心の「評論」は難しい。 

三谷栄一「物語文学の世界」
ドナルド・キーン「古典に親しむ」              
からの出典

その評論の文章を【引用】しながら
指定の文字数で解答文をつくります。

「90~100字で述べなさい」・・って収まらないんだよねー!

何度も読んでは書き、文字数に入らず、また設問文と本文を読み返しては書く。
すごく脳みそを使いました。へとへと。

じつは我が子は、このJ教材を
小4の時やりました。(中1で最終教材終了)


こんな評論がどうやって読めたのか? 
いまさら驚くばかりですが

正しい学習のやり方(学習姿勢)で
下からコツコツ階段を上って行けば

「公文国語」は出来るように作られています。

もっと小さい人でも
このJ教材の古典を評論を読む子は
いくらでもいます。

それだけの思考力、経験が身につく国語教材だということなのです。

hiruneをフォローする
スポンサーリンク

コメント

タイトルとURLをコピーしました